チェスを覚えたばかりの人に「まず並べてみて」と勧めたくなる棋譜があります。1858年にパリのオペラ座で指されたとされる、17手の対局です。白はモーフィー、黒はブラウンシュヴァイク公とイズアール伯の2人です。
短いのに、駒の展開・ピン・両狙い・キャスリングの意味・捨て駒による詰みまで、序盤で大事なことが一通り詰まっています。この記事では棋譜を1手ずつ追い、それぞれの手が「なぜ」なのかを、盤面の事実だけで説明します。
棋譜はこちらです。
1. e4 e5 2. Nf3 d6 3. d4 Bg4 4. dxe5 Bxf3 5. Qxf3 dxe5 6. Bc4 Nf6 7. Qb3 Qe7
8. Nc3 c6 9. Bg5 b5 10. Nxb5 cxb5 11. Bxb5+ Nbd7 12. O-O-O Rd8 13. Rxd7 Rxd7
14. Rd1 Qe6 15. Bxd7+ Nxd7 16. Qb8+ Nxb8 17. Rd8# 1-0
1〜3手目:ピンで時間を稼ごうとする黒
1.e4 e5 2.Nf3 d6 は、黒が e5 のポーンを d6 で支える堅い形です。白は 3.d4 と中央にもう一つポーンを進めて、e5 に圧力をかけます。
黒は 3...Bg4 と、f3 のナイトをクイーンにピンしました。ナイトが動くと Qd1 が取られるので、ナイトは e5 を取りに行けない。そう読んでの一手です。
4〜5手目:ピンが「取らされる」に変わる
ところが 4.dxe5 で事情が変わります。ここで黒が 4...dxe5 と取り返すと、5.Qxd8+ Kxd8 6.Nxe5 と進んで、白はポーンを一つ得したうえに、e5 のナイトが g4 のビショップを狙う形になります。クイーンを交換されたうえにポーンを失い、g4 のビショップも逃げる手を強いられる。それを避けて、黒は先に 4...Bxf3 とナイトを取るのが自然です。
白は 5.Qxf3 と取り返し、黒は 5...dxe5 でポーンを回収します。駒の数は同じ。ただし黒は、ピンをかけたはずのビショップを、ナイトと交換して手放しました。黒はビショップを、白はナイトを失い、代わりに白のクイーンが f3 に出て働く形になっています。
6〜7手目:f7 と b7 の両狙い
6.Bc4 Nf6 のあと、7.Qb3 が最初の山場です。クイーンが b3 に来ると、狙いが二つ同時に生まれます。
- f7:c4 のビショップが f7 を取り、b3 のクイーンがそれを支える。放っておくと
Bxf7+ - b7:クイーンが直接 b7 のポーンを取れる。取られると a8 のルークまで狙われる
黒は 7...Qe7 で両方を受けました。クイーンが e7 にいれば f7 は守られますし、もし白が 8.Qxb7 とポーンを取りに行けば、8...Qb4+ でクイーン交換を迫れます。ここで白がクイーンを交換すると攻めが消えるので、白は b7 を取りません。
代わりに 8.Nc3 と、駒を一つ出します。この対局で白が一貫してやっているのは「取れるポーンより、駒の展開」です。
8〜9手目:黒の駒が出てこない
黒は 8...c6 と b5 を守り、d5 も抑えました。白は 9.Bg5 で f6 のナイトを e7 のクイーンにピンします。
ここで数えてみてください。白は Bc4・Qb3・Nc3・Bg5 の4枚が働いています。黒はクイーンとナイト f6 だけで、b8 のナイト、f8 のビショップ、両方のルークは初期位置のままです。ほぼ同じ手数を指しているのに、この差が生まれています。
9〜11手目:ビショップを追い払おうとして崩れる
黒は 9...b5 と、c4 のビショップにポーンをぶつけました。ビショップが下がれば一息つける、という狙いです。
白の答えは 10.Nxb5。ナイトをポーンに捨てます。10...cxb5 11.Bxb5+ で、今度はビショップがチェックをかけながら b5 に来ました。黒の合法手は Nbd7・Nc6・Kd8・Qd7・Nfd7 の5つ。合駒をするなら c6 にナイトか、d7 にナイトかクイーンです。実戦は 11...Nbd7。
これで d7 のナイトは e8 のキングに対してピン され、動けなくなりました。b5 のビショップが a4–e8 の斜めを押さえているからです。白はナイト1枚を捨てて、黒のキングの前に「動けない駒」を作りました。
12〜14手目:キャスリングが攻めの一手になる
12.O-O-O。ここがこの棋譜で一番覚えておきたい一手です。
キャスリングは普通「キングを安全にする手」と教わります。しかしここでは、クイーン側にキャスリングすることで、a1 のルークが一手で d1 に来て、ピンされている d7 のナイトを縦から狙う手になっています。キングの安全と、攻め駒の投入を、一手で同時にやっている。
黒は 12...Rd8 と、ルークで d7 を支えました。d7 を守る駒は、これでルーク・クイーン・f6 のナイトの3枚です。
白は 13.Rxd7 Rxd7 とルークをナイトと交換し、14.Rd1 でもう一枚のルークを d 筋に置きます。d7 のルークは b5 のビショップにピンされたままで、狙う駒は Rd1 と Bb5 の2枚、守る駒はクイーンと f6 のナイトの2枚。数は釣り合っていますが、d7 の駒は動けません。黒は 14...Qe6 と、クイーンで d7 を支えつつ、b3 のクイーンとの交換を持ちかけました。
15〜17手目:クイーンを捨てて詰み
15.Bxd7+ Nxd7。ビショップでルークを取り、黒は f6 のナイトで取り返します。d7 に残ったのはナイト1枚で、その後ろの d8 に向かって、白のルークが d 筋を睨んでいます。
そして 16.Qb8+。クイーンを b8 に捨てます。この局面で黒の合法手は 16...Nxb8 の一つだけ です。キングは動けません(d8 は b8 のクイーンの利き、e7 は g5 のビショップの利き、d7 は自分のナイト、f7 は自分のポーン)。c8 や d8 に合駒を入れられる駒もなく、取るしかありません。
ナイトが d7 から b8 に離れた瞬間、d 筋が開きます。17.Rd8#。ルークが d8 に入って、詰みです。d8 のルークは g5 のビショップに守られているのでキングでは取れず、e7 も同じビショップの利きで逃げられません。d7 はルークの利き、f8 は自分のビショップ。e6 のクイーンは d8 に届きません。9手目に置いた Bg5 が、最後の詰みまで働いています。
この棋譜から持ち帰るもの
最後に駒を数えると、白はナイトを捨て、ルークとビショップを交換に投じ、最後にクイーンを捨てて、ビショップとルーク1枚ずつで詰ませています。投じた駒はすべて「相手の駒を動けなくする」「筋を開ける」ためでした。
- ピンは、かける側が「ピンを外される手」を読んでいないと、逆に取らされる(3〜5手目)
- ポーンを取るより駒を出す(7〜8手目)
- 相手の駒を動けなくしてから、そこに攻め駒を集める(11〜14手目)
- キャスリングは、ルークを一手で中央に持ってくる手でもある(12手目)
読むだけでは「そうなのか」で終わりますが、盤を動かしながら「もし 4...dxe5 だったら」「もし 8.Qxb7 だったら」と試すと、それぞれの手の理由が自分の言葉になります。この棋譜はサンプルとして Ponder に入っているので、開いて、気になる手のところで「なぜこの手?」と聞いてみてください。